有限会社舩坂酒造店様
DXへの取り組みで飛騨高山の文化とビジネスを次代に承継する

飛騨高山で酒造業を営む舩坂酒造を率いるのは有巣弘城(ありす ひろき)社長(37歳)。
2022年3月末にはクラウドファンディングMakuakeで「飛騨高山の廃校をウイスキー蒸溜所へ」というプロジェクトでファンドを募ったところ、開始3日目にして2,000万円以上(達成率1,000%)を集め、大きな話題となりました。
舩坂酒造様には、酒蔵に併設されたレストランや土産物店の入り口にAIZE Research+を3台導入いただいています。
地方の製造業・観光業におけるDXの取り組みやAI活用の可能性についてオンラインでお話を伺いました。(以下敬称略)
取材:2022.3.14 オンラインにて
■200年以上の歴史を誇る酒蔵を地元の旅館業がM&Aで取得
舩坂酒造は、「四ツ星」「深山菊」といった世評の高い銘酒で知られるばかりでなく、飛騨高山における観光活性化の中心的存在としても全国的に知られた酒蔵。
酒蔵と併設飲食店を上三之町(かみさんのまち)の伝統的建造物群保存地区に構え、コロナ以前には外国人観光客も含め年間で100万人以上が訪れたという人気のスポットである。
舩坂酒造は、元々「大文屋(読み方は“だいぶんや”か“だいもんや”か定かではない)」という屋号で江戸末期に創業、200年以上の歴史を誇る。
日本酒の出荷量が徐々に減りはじめたことや、後継者がいなかったという経緯から、2009年に有巣社長の実家であるアリスグループが経営を引き継いだ。
アリスグループは、有巣社長の曽祖父が飛騨高山で営んでいた洋食屋が発祥。
その後、有巣社長の祖父が経営を引き継いで結婚式場を併設するなど様々な事業を手掛け、旅館経営にも乗り出した。
それが「本陣平野屋・花兆庵」という旅館で、売上規模としては旅館業が母体となるグループとして今に至る。
当初、有巣社長は「酒屋は不況業種ではないのか?」と思ったそうだが、最終的に事業を引き継ぐことを決めたのには、二つの理由があった。
1つ目は舩坂酒造が、高山のメインストリートである古い街並みに面していたという立地上の魅力。
上三之町というのは東京でいう銀座みたいなもので、高山で商売を営む人間にとっては憧れの地である。
2つ目は、アリスグループの母体が旅館業であったこと。
旅館業はそれ単独の魅力で集客するには限界がある。地域の魅力の集合体でしか勝負できない産業である。
その地域の食文化や歴史的な観光スポットなど、地域の魅力がないと持続的な集客にはつながらない。
「リーマンショック後にどんどん会社がなくなったりすることで地域の大事な産品や伝統の灯が消えかけたりしていました。
今までの伝統文化が消えていくことは、おのずと私たちの旅館の価値が下がっていくことと同義だろうという意味合いの中で、今まで経験もないのに製造業にチャレンジしました。
特に飛騨の人間は、地元に対する思いが強いので、酒蔵をなくしちゃいかんと考えました」

200年の伝統を感じさせる店構え
■サービス業の目線で酒造業の魅力を再定義し、施設の魅力度アップに取り組む
有巣社長が社長に就任したのは2015年。
前職は山田ビジネスコンサルティング(現:山田コンサルティンググループ)という企業再生のコンサル会社に勤め、企業再生や組織再編、税務面からの事業承継支援をしていた。
「実家に戻り、すぐに舩坂酒造店に入社しましたが、その時私はまだ25歳でした。
前職で企業再生の現場で社長さんと話をする経験が役に立ちました」
舩坂酒造の事業承継後に取り組んだのが、施設としての魅力度アップであった。
アリスグループはサービス業が母体なので、その目線で酒造業の魅力を再定義した。
まずはお客様に来ていただき、お酒の価値を知ってもらおうということで、観光土産品とともに直接お客様に枡酒を楽しんでいただける直売小売店、飛騨牛等の飛騨の味覚と共に日本酒を楽しんでいただくレストランなど、『造る・味わう・買う』の3つが揃った、地酒造り酒屋としては珍しい存在を目指した。
「来ていただいお客様の声を拾い、改善していくというやり方でPDCAを回していきました。
酒造業の場合、取引先からは盆暮れ正月くらいにしか入金がないような世界だったのですが、レストランを入れることでキャッシュフローの改善にも繋がりました」

来店客が寛ぐことができる中庭
■旅館も酒蔵も「高山」というブランドで一体化して考える
舩坂酒造では、日本酒ベースの柚子のリキュールや梅酒、酒粕を使ったお菓子やケーキ、化粧品などの商品開発も進め、日本酒離れが進む若い世代へアピールするとともに、舩坂酒造店としてのブランド認知度アップにも取り組んでいる。
「サービス業はお客さんに喜んでいただいてこそ成立します。
それまで酒造業にはマーケットインの発想がありませんでした。
旅館というサービス業から引き継いだ目線で、お客様の喜ぶことはなんだろうと考えています」
有巣社長は、旅館はサービス業、酒蔵は製造業と切り分けて考えていたが、実は一体のものではないかと気付いたという。
「高山という地域を前面に出して売っていった方が結果として日本酒も売れることに気付いたのです。
高山というキーワードを通じ、日本酒をアウトバウンドで輸出してファンになってもらい、そのファンになってくれた人がインバウンドで高山に来てくれる。
酒が目的になれば宿泊需要もどんどん生まれ、地域消費も伸びます。
時間はかかりますが、高山ブランドを通してお酒と観光が一体となったサイクルが作れれば、地域も私どもも発展していけると思っています」
■コロナ後を見据えてAIZE Researchの属性分析機能に期待
2020年3月以降、世界経済はコロナウイルスにより一変した。
とりわけ観光産業はインバウンド、国内旅行者の激減という形で最も大きな影響を受けた。
緊急事態宣言が出されるに至り、舩坂酒造では2020年4月の売上は前年比で95%ダウンとなった。
有巣社長は、完全にお客さんが戻ってくるのは2025年ごろと踏んで、それまでに経営を継続できるよう体制の強化に努めている。
「ここで力を貯め、今まで忙しくてできなかったデジタル化の投資などにも踏み込もうと思います。
お客様がいないこの機会をとらえて店舗改装をし、デジタルを使った入店率計測の仕組みなども導入していく予定です。
スタッフも少ない人数でも回るようなオペレーションを組んできています。
財務を強化することによって、お客さんが戻ってきた時に、むしろ前よりもいい状態になってほしいと思って2年間でそれだけの種まきはいますし、このしてきたと思っています」
AIZEについては、今は主に、店舗に来てくださるお客様の検温に使われているという。
「反応速度が速いなというのが第一印象です。
今まで置いていた検温器は読み取りに時間かかり、場合によっては検温を諦めるお客様もいらっしゃいました。
まだ、客数が少ないこともあり、客層リサーチの機能は使用していませんが、まん延防止重点措置があければお客様は戻ってきますから、そこでお客さまの属性とか年齢、男女比などを分析することを楽しみにしています」

検温と顧客属性の分析を担うAIZE Research+
■AIを使って客層を“見える化”することで考えやすく労働しやすい環境を作る
地方の伝統的産業でのAI活用やDX推進について、有巣社長はどのように考えているのだろうか。
「このコロナ禍で人手不足の側面が覆い隠されてしまった感があります。
観光産業では、人より職のほうが少ない状況が出現しましたが、実は底流には人手不足のトレンドが待ち構えているのだと思います。
コロナ後には人手不足が必ず露呈するので、そこでのAI活用やDXへの取り組みが企業の勝敗を分けるでしょう」
観光業の場合、季節要因による繁閑の波が激しい。
繁忙期に合わせて人を確保しておくと、それ以外の時期には固定費がかかって大変だし、逆に閑忙期に合わせてしまうと、従業員は少ない人数で疲弊してしまうので、これをなんとか平準化(人員の適正配置)しなければならない。
「そのためには、これまでのように感覚ではなくてデータを取り込んでいくのが一番の近道だと思っています。
さらにお客様とひと口に言っても、季節的なトレンドがあります。
4月はヨーロッパのお客様が桜を見に高山にいらっしゃる。
5月はゴールデンウイークで国内のお客様が主になります。
ゴールデンウィーク開けから雨の多い時期は、東南アジアのお客様が増え、7月から8月にかけては国内のファミリーやヨーロッパのバカンス客が増え始めます。
秋は国内シニアの団体が動くシーズンで、1、2月には春節で中国からのお客様が増えます。
そうした客層に合わせて商品ラインアップをすることで、生産体制においても、無理なく無駄なく管理ができるでしょう。
客層をAIZEなどを使って“見える化”することで、みんなが考えやすく、労働しやすくなるのではないかと期待しています」
■海外販路拡大と地域再興という二つの大きな戦略
有巣社長はコロナ後を見据えて、二つの大きな戦略を描いている。
一つは、店舗での対面販売を通じた海外マーケティングである。
舩坂酒造店は日本酒の海外輸出も積極的に行ってきたが、その強みは店頭にあるという。
「われわれの強みは店頭でお客さんとしゃべることによって、嗜好が即時にキャッチアップできることです。
海外から来られたお客様の好みが現地に行かなくてもその場でマーケティングできます。
本当に、アメリカ、ヨーロッパ、東南アジアのお客様は好みが全く違いますし、そこに購買データを加えることで、海外展開や新商品の開発に役立つのではないかと考えています」

ズラリと並んだ日本酒コインサーバー。
ここでのお客様との会話がマーケティングのヒントとなる
もう一つは、データそのものに価値を持たせることである。
大手資本の観光業者には、戦略も資金もかなわないが、彼らに手に入らないものが一つだけあるという。
「それが地元の人間だけが得られる生きた情報です。
われわれのようなお土産店であったり、地元の飲食店がAIZEのような仕組みを使ってお客様の属性を取得して、みんなでこの情報を持ち寄ってブラックボックス化しておく。
そのデータを地域外の方々に販売することで収益を取り戻して、それを将来の投資にバトンとしてつなげていくという構想を描いています」
今までは属人的に販売員さんたちの頭の中に、雑ぱくな感覚としてあったものを、定量的なデータも定性的なデータもダブルで見える形にすることで、資産化するのだ。
「この仕組みが、高山だけではなく、他の地域でも地域の財産とすることができれば、地場の企業の武器になっていくのではないか思っています」(了)
