CASE STUDY

川口市老人福祉センター「本町たたら荘」様 

高齢者施設におけるIT・AI活用のヒントを探る  

 

 

 

背景

 

住みやすい街大賞2年連続1位に輝く川口市

 

埼玉県川口市は、東京のベッドタウンとして発展が著しい。かつてはキューポラのある街として全国に名を馳せ、伝統ある文化が残るエリアと、新たに建てられた大型マンションが共存している。

近年、川口市は住みやすい街として高く評価されている。住宅ローン専門金融機関ARUHI(アルヒ)が発表した「本当に住みやすい街大賞 2021」で、前年度に続き第1位を獲得した。東京から埼玉への都県境を渡って一つ目が川口駅であり、アクセスが便利なのはいうまでもない。これに加え、コストパフォーマンスと発展性が高く評価された結果の1位である。

 

 

老人福祉センター10カ所にコロナ対策として非接触自動検温機AIZE+を導入

 

現在、日本の行政が運営する老人福祉施設には大きく分けて3種類がある。老人ホーム、デイサービス、そして元気な高齢者が自らの足で通う老人福祉センターである。川口市にはこの老人福祉センターが市内に10カ所存在している。運営を担っているのは、川口市社会福祉事業団である。

川口市の老人福祉センターはすべて名称に「たたら荘」とついているが、これは鋳物を製造する際の送風装置(踏みふいご)を「たたら」と呼んだことから名付けられている。川口市では「たたら祭り」というお祭りもあり、市民には馴染み深いネーミングなのだ。

今回取材に訪れた「本町たたら荘」は川口市で稼働している中では一番古い老人福祉センターである。開設が昭和46年(1971年)で、それ以前からあった会社の施設として使われていた建物を改装して老人福祉センターとしてオープンしたものだ。広い前庭を持ち、敷地内に茶室も備えている。エレベーターがないのは高齢者にとって不便だが、レトロで味のある建物と清掃が行き届いた施設内、周りの緑と調和したオープンな雰囲気が利用者から愛されている。

 

2021年2月、川口市は老人福祉センター10カ所全てにコロナ対策として非接触自動検温機AIZE+を導入した。高齢者施設における感染症対策の課題や自動検温機の活用法、さらにDX(デジタル・トランスフォーメーション)の可能性について、川口市老人クラブ連合会事務局山田剛係長、並びに川口市社会福祉事業団の飯塚秀雄係長から話を伺った。

 

 

 

利用者から愛されるレトロな佇まいの高齢者施設「本町たたら荘」

 

課題

 

囲碁、カラオケ、お風呂が一日100円で楽しめる高齢者施設

 

コロナ以前には、本町たたら荘は一日40人前後の高齢者が利用していた。利用者の平均年齢は75歳を超えている。利用目的は主に、体操、囲碁、カラオケ、お風呂などである(コロナ以降、カラオケとお風呂は休止)。老人福祉センターは60歳以上の市民であれば、一日100円で利用できる。

2020年5月に緊急事態宣言が発令されてからは、宣言中は老人福祉センターも閉所していた。緊急事態が解除された6月15日から再開したものの、高齢者をどう受け入れるのか、先例がないことから苦労を重ねたという。利用者の人数制限を行い、午前・午後とも15人を定員にしている。

 

 

受付での検温距離が近すぎるのが課題

 

利用者が高齢者であるから、クラスターを発生させるわけにはいかない。そこでお風呂とカラオケは休止し、声を発しなくても楽しむことができる囲碁、将棋、マッサージ機、体操などに利用を限った。運用面では、しっかりと消毒をしてもらうことと、体温を計測して37.5度以上の方には利用制限をかけることが主な施策となった。

「利用者さんは受付で利用カードを提示するのですが、その際に、カーテンで仕切られた向こうから、受付の当番さんが手を伸ばして、利用者さんの額にガンタイプの体温計を向けて測定していました。しかし、これではどうしても利用者さんと当番さんの距離が縮まってしまいます」(飯塚係長)

そこで、問題を解決するためにたたら荘の窓口当番をしている川口市老人クラブ連合会と検討を重ね、非接触型の自動検温機を導入することになった。自社でソフトウエアを開発している国内企業の自動検温機であれば信頼できるだろうということで、トリプルアイズのAIZE+に決めたという。

「国産のシステムであることの他にも、将来的には、顔画像から利用者さんの入館・退館を管理できるというのも採用の決め手になりました」(山田係長)

自動検温機の導入以前は、利用者の体温を紙に記録していたが、現在は検温記録はとっていない。検温機の前に立ったときに平常体温であれば音声が「正常な体温です。ご入場ください」と知らせてくれ、37.5度以上であればアラームが鳴るので、その音声を確認するだけで済むからだ。そのために、別途スピーカーも購入している。

「受付の窓口当番さんは老人クラブの方々が担っています。やっぱりご高齢の方ですから、作業が一つでも減ると助かります。体温計測がガンタイプから非接触型に替わっただけでも、本当にありがたいというお声を当番さんからお聞きします」(飯塚係長)

今回の非接触型検温機も川口市老人クラブ連合会から各老人福祉センターへ寄贈されたものである。老人クラブから当番さんを派遣していることから、一も二もなく寄贈が決定されたという。

 

利用者と受付当番が、間にAIZEを挟んでちょうどよい距離が取れるようになった

 

 

課題解決

 

将来的なカスタマイズを考えて自社製ソフトを搭載したAIZEを選定

 

利用者は自動検温機に対してどんな感想を抱いているのであろうか。

「利用者の皆さんは、ガンタイプの計測よりもはるかに簡単なので、楽だとおっしゃいます。また、自分の顔が映るのでここで計るのが楽しみな方もいらっしゃいます。計測も正確なので安心して使用しています」(飯塚係長)

「“正常な体温です”という音声が出ることで、利用者さん本人はもちろん、周りにいる当番さんや職員も安心できます。また、マスク設定をしているので、機械が音声でマスクの着用を促してくれるのも非常に助かっています。ともすると、マスクをちゃんとつけているかどうかまで見落としがちですし、当番の方も高齢の利用者さんに対しては注意しづらいという部分もありました。それが解決されたことも大きいですね」(飯塚係長)

AIZEを選定した理由の一つに、自社製ソフトを搭載していることも大きいという。

「いくつか比較しましたが、中国製のソフトのままだとカスタマイズは難しいということがわかりました。AIZEの導入後に、検温画面の輪郭の線が見え難かったのですが、高齢者にも見やすいようにと、すぐに調整していただいたので、大変ありがたかったです」(山田係長)

 

今後の展望

 

ネット環境を整えてカードレスも視野に

 

高齢者施設におけるITやAIの活用法にはどんなことが考えられるだろうか。検温機を足がかりとして、お二人ともいろんなことを想定しているようだ。

「顔を事前に登録することで利用者カードが不要になるのであれば、こんなに便利なことはありません。利用者カードを受付に見せるという行為自体が煩わしいという声がありますし、カードを紛失したり家に忘れてきてしまったりということもあるので、カードレスになれば便利ですね。まだネット環境が十分に整っていないので、そこまでできていませんが、ゆくゆくはセンター10カ所の記録を一括で管理できればいいなと思っています」(山田係長)

高齢者の中でも比較的若い世代の利用も増えているので、そうした方々のニーズに応じるためにも、ネットワーク設備の充実も視野に入っているという。

他にも、不審者の見張りや体調を崩された方の発見など、様々な用途が考えられる。

「コロナが収束した後でも、健康管理に使えればいいなと思いました。以前には施設にいらっしゃってから具合が悪くなる方もいました。コロナ後も検温を継続することで、高齢者の方の健康チェックに使っていこうと考えています」(飯塚係長)

 

 

高齢者施設におけるIT・AI活用の可能性

 

お二人が口を揃えて言っていたのは、高齢者は相手が機械といえども、何かしら人間味のあるレスポンスを求めているということだ。

「機械から“正常な体温です”という音声が聞こえると、機械に向かってお辞儀をする方が何人かいらっしゃいます。プラスアルファで、音声でやりとりできたら楽しいだろうなと思います。来所した時に“いらっしゃいませ、○○さん”と声が出てくると喜ばれるでしょう」(飯塚係長)

人間のやっていたことを機械が代行すると聞くと、味気ないのではと思うかもしれないが、逆に機械の導入によって、コミュニケーションが円滑になる工夫も考えられる。高齢者施設でのITやAIの活用を考える上での大きなヒントだろう。

 

住みやすい街・川口市は福祉の面でも新しい取り組みに意欲的である。50年前にたたら荘の第一号ができた時には、カラオケ設備やお風呂がある老人施設ということで、全国の自治体から多くの方々が見学に見えた。時代が変わり、今後は高齢者施設におけるITやAIの取り組みも積極的に行っていきたいと言う。

「大袈裟なハード機器は使わずに、レトロな建物の中で温かい雰囲気を残したまま、最先端のテクノロジーサービスを提供できたら面白いですよね。全国には高齢者施設がたくさんありますから、川口市での取り組みが先駆的なケースになり、他県からの見学者が来るようになればと思います」(山田係長)

 

 

2階にある48畳の大広間。カラオケが再開される日が待ち遠しい