ITベンチャー社長のAIブログ
テクノロジーに想像力を載せる
皆さんこんにちは。
グッと寒くなってきました。御茶ノ水のいちょう並木も黄金色に輝いています。銀杏を踏んづけないように、歩きスマホしないで慎重に歩いています。
先日、話題の映画「鬼滅の刃―無限列車編」を鑑賞してきました。
私は煉獄杏寿郎に魅せられました。かっこいいですね。大きなスクリーンでよくできたストーリーにカタルシスを味わい、いい息抜きになりました。
引き続き、私の著書『テクノロジー・ファースト〜なぜ日本企業はAI、ブロックチェーン、IoTを牽引できないのか?』を基礎テキストにして、日本のDXについて思うところを綴っていきたいと思います。
どうかお付き合いください。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
モンテカルロ木探索が示した進化
2015年春に控えたUEC杯に向けて、一つひとつ手探りながら、着実にプログラムを組んでいった。使ったのは「モンテカルロ木探索」という技術だ。
モンテカルロ木探索は、乱数を用いてランダムにシミュレーション(囲碁AIでは「プレイアウト」と呼ぶ)を行うモンテカルロ法に、ある構造を与えてデータを探索する方法のこと。基本となるモンテカルロ法について「ディープゼンゴ・プロジェクト」の代表である加藤英樹氏の説明を引けば、「ある局面を評価するとき、『適当な』着手で終局まで打ち進め、最終的な勝敗でもとの局面の良し悪しを決めるアイデアで、途中で評価するのが難しければ最後まで進めてしまえば良いという、ある意味シンプルな発想である。」*1
これに、ツリー状の構造に従う「木探索」というデータ探索の手法を取り入れたモンテカルロ木探索を囲碁AIに導入したのが、先に述べたフランスのレミ・クーロン氏だ。ちなみにクーロン氏と共に「クレイジーストーン」を開発したとされる人物は、後に「アルファ碁」の開発にも関わることになる。
私たちはモンテカルロ木探索を研究しながら、プログラムの開発を進めた。昼間に通常の業務をこなした後、開発をするという状態だった。AIの最先端技術を駆使する開発は刺激的なもので、時間はあっという間に過ぎていった。
何とかオリジナルの囲碁AIプログラムを完成させたのは、2015年3月の第8回UEC杯大会の直前だった。初出場した私たちは、端から見れば社長が学生を使ってやる道楽チームに見えたかもしれない。だが私たちは本気だった。
総参加32チームが、それぞれのプログラムによる予選を行い成績上位者が本戦に進む。淡い期待を胸に私たちは7戦し、結果は2勝5敗、残念ながら予選落ちだった。
とはいえ、わずか半年の開発期間で2勝できたことに、ある手応えを感じた。
なぜなら2勝のうちの1勝が、個人で30年ほど開発を続けている研究者のソフトだったからだ。第五世代コンピュータの開発に携わったといわれる大手IT企業の研究者だった。伝統ある大手企業の研究者を中小企業の私たちが低予算でつくった新しい方法の囲碁AIで倒したという構図に興奮した。いま思い出しても小躍りしたくなるくらいにうれしかった。同時にモンテカルロ木探索にすごい可能性を感じていた。
実はこの大会で、ディープラーニングを使ったソフトが独創賞を受賞している。「アルファ碁」登場のちょうど1年前のことだった。後に起きる衝撃への布石がこんな場所に潜んでいたわけである。
最先端のAI研究の成果を取り入れた、もっとも早い実用例の一つが囲碁AIだった。今でも「アルファ碁」と同じ時期に同じアイデアが国内で成果をあげていたことを知る人は、囲碁AIの関係者を除けばほとんどいない。このときこそ、マスコミも日本企業もディープラーニングに注目すべきタイミングだったのではないだろうか。
*1:「数学セミナー」2017年11月号『コンピュータ囲碁とディープ・ラーニング』(日本評論社)
『テクノロジー・ファースト』「第1章」より抜粋
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
解説
今振り返ると、私たちが囲碁AIの大会に初めて参加した2015年〜2016年という時期は、AIが劇的な進化を遂げた時期と重なります。
2015年10月、ディープマインド社の「アルファ碁」が初めてプロ棋士(ヨーロッパ囲碁王者のファン・フイ)を負かしたというニュースが私の耳に届いたのですが、実はその7ヶ月前の2015年3月の時点では、AIが人間を倒すとすれば「モンテカルロ木探索」によってであり、しかもそれにはあと5年、長ければ10年はかかるだろうと見られていました。
私たちも全敗するだろうと予想していた大会で2勝できたことから、モンテカルロ木探索の威力を改めて認識していました。
その時点ではディープラーニングは、発想は面白いけれども、実戦でどこまで戦えるのか軽視されていたという記憶があります。
ですから、「アルファ碁」がプロ棋士を破ったというニュースは、一般の人々とは全く受け止め方が違いました。「人間がコンピュータに負けた」ことよりも、ディープラーニング技術がたったの半年間で長足の進歩を遂げたことに衝撃を受けたのです。破壊的なブレイクスルーと言ってもいいでしょう。
この2年間、囲碁AIの世界にどっぷり浸かることで、私は囲碁AIの研究が必ず汎用的なAI研究につながり、さらにその先で事業化につながる価値ある研究であると確信することができました。
第5回了
◼︎ 福原智(ふくはら・さとし)プロフィール
株式会社トリプルアイズ代表取締役。BCCC(ブロックチェーン推進協会)理事。
1975年、神奈川県生まれ。山形大学理学部物理学科卒。
大手通信基幹システムのメイン開発プログラマーとして参画。
2008年トリプルアイズを創立。技術者集団を率いて独自のAI研究開発に取り組み、囲碁AI世界大会で2位入賞、国内大会では1位。
著作『テクノロジー・ファースト-なぜ日本企業はAI、ブロックチェーン、IoTを牽引できないのか?』(2018年/朝日新聞出版)は業界内外の好評を得ている。
■基礎テキスト紹介
『テクノロジー・ファースト〜なぜ日本企業はAI、ブロックチェーン、IoTを牽引できないのか?』(発行:眞人堂、発売:朝日新聞出版)
目次
はじめに 〜われわれはどこから来たのか?
第1章 ゲーム盤の向こうにある戦争
−囲碁AI国際大会が突きつけるが覇権争いの行方
第2章 ビッグデータという資源の獲得を競う現在
−4回目の産業革命と、IT開発4度目の波
第3章 テクノロジーへの古い固定観念に囚われた日本
−第5世代コンピュータに始まる挫折の歴史
第4章 産業革命0の本番はこれからの50年にある
−分野を超えて共振するテクノロジー
第5章 ポスト・ディープラーニングを掘り当てろ!
−ブロックチェーンとIoT、AIの本質
第6章 テクノロジー・ファーストのIT企業だけが未来を見る
−IT企業の経営者が持つべき使命
おわりに 〜われわれはどこへ行くのか?