第2回 われわれはどこから来たのか?

ITベンチャー社長のAIブログ

テクノロジーに想像力を載せる

 

 

 

皆さんこんにちは。

初回での予告通り、今回から私の著書『テクノロジー・ファースト〜なぜ日本企業はAI、ブロックチェーン、IoTを牽引できないのか?』を基礎テキストにして、日本のDXについて思うところを綴っていきたいと思います。

 

どうかお付き合いください。

 

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はじめに 〜われわれはどこから来たのか?

 

囲碁AIの勝負に碁石を打つ音はない。

勝負を見つめるエンジニアたちも一手ごとに変わる局面に小さな声を漏らすだけである。長机にズラリと並んだノートPCのモニタ上には、コンピュータが高速で計算するプログラムの羅列が目まぐるしく流れていく。

私には、こうした光景はもはや見慣れたものだ。世にまだ名の知れぬ弱小IT企業にすぎない私の会社が、AI囲碁大会に参加するようになって早数年が経っている。

その間にもAIは爆発的な進化を遂げた。グーグルのAI「アルファ碁(AlphaGo)」が、世界最強といわれたイ・セドル九段に勝利したのもそんな昔のことではない。チェス、将棋の名人たちがAIとの勝負に敗れ、最後の砦ともいうべき囲碁もすでに人間はAIの軍門に降った。それは誰も予想しないことだった。囲碁AIが人間を超えるには数十年かかるとまでいわれ、そう簡単ではないと信じられていたからだ。

囲碁AIの勝負は60分もあれば決まる。

2017年12月、囲碁AIの世界大会・AI竜星線の決勝トーナメントで、私たちのAI「レインズ(Raynz)」は苦戦を強いられていた。国内外15のチームにグーグルの名はなかったが、それでも潤沢な予算をかけた中国企業チームが圧倒的な力を見せる。私たちのチームもあと一歩のところから逆転を許した。

私は勝負の行方を追いながら、あることを思った。

囲碁AIの開発に本気で投資しているのは日本よりも中国であり、日本では一部を除いて、それほど真剣に取り組む企業がない。このままの状況が続くかぎり、日本勢が勝つ未来は来ないのではないか、と。

 

ことは囲碁AIで済む話ではない。グーグルや中国新興企業が囲碁AIの研究開発に注力するのは、それがAI技術の覇権すら占い得るものだからだ。グーグルが「アルファ碁」からわずか1年あまりでより汎用性の高い「アルファ碁ゼロ(AlphaGo Zero)」を開発したように。もはや人の手を借りず、みずからを強化する「アルファ碁ゼロ」の可能性は囲碁にとどまるものではない。

AIを制する者は、必ず次の産業革命を制するだろう。

だからこそアメリカや中国をはじめヨーロッパ各国において、急ピッチで、しかも大規模な研究開発が進行している。日本の遅れは否めない。

 

もちろん国内のIT企業のリリースにも、「AI」の文字を見ない日はない。メディアでもAIは頻繁に取り上げられている。しかし、そんなふうに騒がれているAIは最新研究に基づいた知能を持った製品やサービスなのだろうか…。既存技術に、とりあえずAIという看板を付けただけの何かを、私はAIと呼ぶ気にはなれない。では、何をもってAIと呼ぶのかと問われたら、私にもはっきりした答えがない。AIは進化を続けているからだ。私は、世間のように安易にAIで騒ぐ気にもなれない。わかったふりでAIという言葉をむやみに言いたくもない。

AIというテクノロジーを追い求めようとしたとき、私が見つけたのは囲碁AIだった。盤上の限られた世界とはいえ、そこではAIと人間が同じルールで勝負でき、人間以上の能力をわかりやすく発揮できる。しかも囲碁には棋譜というビッグデータが古くから残されている。棋譜がビッグデータだとすれば、それを解析するデータサイエンティストはプロ棋士だ。チェスや将棋に比べより複雑な囲碁は、最先端のAI研究を前に進める重要な課題を先取りしている。囲碁AIの研究開発はそのままAIの研究開発の縮図なのだ。だから私は、大きな危機感に押されて囲碁AIの研究開発に心血を注いでいる。

 

私がこれほどまでに危機感を抱くのは、おそらく私のキャリアが在野のフリー・エンジニアから始まったもので、大企業に入るという道を選ばなかったことが大きく影響している。

インターネットが普及しはじめたころ、私はまだ国立大学の物理学科に籍を置く学生だった。私がコンピュータに触れ、独学でプログラミングを覚えたのは、その後のことだった。私はすぐに熱中した。新たな時代が始まるという実感があった。その始まりにみずから参加している手応えがあった。

大学の卒業とともにエンジニアとして技術系企業に就職したとき、目の前には開拓すべきITの荒野が広がっていると思っていた。

しかし、そうではなかった。多くの企業経営者が、ITの本当の可能性を理解しているのか疑わしいような状況に何度も遭遇した。徹夜を重ね書き上げたプログラムが一体、私たちの生活の何を変えるのか。そうした議論はどこでも聞かれなかった。まるで「IT化」を言い募り、官公庁から予算を勝ち取ることだけが、ITの可能性であるかのような話しかなかった。

私はせっかく就職した会社をドロップアウトして、部屋にこもって一人でプログラムを書くようになった。企業に属していては、本当のITの世界を開拓していくことができないと思ったからだ。そのうちに、私は個人でプログラマーとしての仕事を受けるようになった。そこで与えられた仕事は、以前のそれと比べ、ちょっとだけマシだったとはいえ、やはりIT本来の可能性を感じられるものではなかった。

「こんなものか…」と、いつも心の中で呟いた。

そんな葛藤の最中、一つの仕事が私の状況を変えた。ある通信事業会社からの依頼だった。初めは小さなプログラムの仕事だった。私は自分の考えるやり方で、自分がいちばん良いと思うプログラムを書きつづけた。いつしか実力が認められ、構築のメインスタッフとして働くようになった。

私のような大きなシステムを構築したことがない人材に白羽の矢を立てて、仕事を任せてくれた当時のベンチャー企業に今でも感謝している。純粋にプログラムが効率的に動くかどうかだけを考えられる環境はハードな競争にさらされる厳しい日々ではあったが、最前線で実力を磨くには願ってもない環境だった。ITの可能性を感じる日々だった。

腕を見込まれ、2008年に創業予定だったトリプルアイズ に、技術担当の役員として誘われた。就任したのは翌2009年のことだ。それから半年、気づいたら社長になっていた。やりたいことに踏み込めなかった反省を抱え、それを乗り越えたいからこそ、社長になった現在、私は囲碁AIやブロックチェーン技術の開発にコストを恐れず取り組んでいる。

私は、最初は在野のフリー・エンジニアだった。

現場の最前線で、独学しながら知識と技術を身につけたからこそ、いかに技術が大切であるかが骨身に染みている。

技術は新しいビジネス・サービスを創造し提供するには不可欠であり、無限の可能性があり、人に優しさを提供するものだと思っている。

中小企業こそ、技術を蓄積でき、それを利用して新しい時代を切り開けるのではないかと考えている。

本書では、数々の識者の意見を引きつつ、日本が現在おかれている危機的な状況をまとめるとともに、『産業革命4.0』といわれるこの時代に、その中核をなすAIやIoT、ブロックチェーンの技術動向を紹介しながら、日本の中小IT企業の潜在能力を語ろうと思う。そもそも日本に欧米と比較できるほどのIT業界があるのか。そこから、読者のみなさんと一緒に考えてみたいと思っている。

産業を引っ張るのは自分たちだと、この本で自分の思いを書き綴りたい。

 

『テクノロジー・ファースト』「はじめに」より抜粋

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解説

 

本書の「はじめに」の副題は、「われわれはどこから来たのか?」

「おわりに」の副題には、「われわれはどこへ行くのか?」とつけています。

 

「ずいぶん哲学的ですね」と言われますが、実はこの元ネタは、ポール・ゴーギャン(Paul Gauguin)の絵画のタイトルです。

 

『我々はどこから来たのか 我々は何者か 我々はどこへ行くのか』

 

この1897年から1898年にかけてタヒチで描かれた作品は、ゴーギャンの数ある作品のうちでも最も有名なものの一つです。横長のキャンバスにさまざまな人物が描かれていますが、生まれたばかりの赤ん坊と老婆が人生の始まりと終わりを暗示し、背景には超越者(the Beyond)と呼ばれる像が配置されています。ゴーギャンの宗教観や宇宙観がよく現れた作品と評価されています。

私は高2の時に読んだゴーギャンに関する本で、この絵を知りました。

絵そのものの素晴らしさとともに、タイトルが私をひきつけてやみませんでした。

 

『我々はどこから来たのか 我々は何者か 我々はどこへ行くのか』

 

いかにも思春期の少年の心を揺さぶる世俗離れした問いですが、それもそのはず、この問い自体がカトリックの神学校の生徒が学ぶキリスト教の教理問答だったのです。

高校時代の私は、何のために人は生きるのかと思い悩み、このまま年齢を重ねていくことに、どんな価値があるのだろうかと懐疑的にすらなっていました。

このゴーギャンの絵とタイトルに出会って、私は衝撃を受けました。

ゴーギャンは私と似たようなことを考えて、それを絵画という形で昇華している。

それまで抱いていた「人は何のために生きるのか」という漠然とした思いが、「我々はどこから来たのか 我々は何者か 我々はどこへ行くのか」というフレーズに出会うことで、明確に課題設定されたような気がしました。

 

私は「人生に価値があるかどうかはわからないが、この問いの答えを探すために−世界を知るために−生きていこう」と決心しました。

そして一年後、山形大学の物理学科に進んだのは、科学的なアプローチで世界の謎に対して解を求められないかと考えたからです。

私は、技術者として経営者として、また一人の人間としてさまざまな感銘を受ける言葉に出会ってきましたが、高2の時に知ったこの言葉は今でも伏流水のように私の心の底を流れています。

初めて本を書くにあたって、「はじめに」と「おわりに」で哲学的な副題をつけたのには、そんな経緯があったのです。

 

第2回了

 

 

◼︎ 福原智(ふくはら・さとし)プロフィール

株式会社トリプルアイズ代表取締役。BCCC(ブロックチェーン推進協会)理事。

1975年、神奈川県生まれ。山形大学理学部物理学科卒。

大手通信基幹システムのメイン開発プログラマーとして参画。

2008年トリプルアイズを創立。技術者集団を率いて独自のAI研究開発に取り組み、囲碁AI世界大会で2位入賞、国内大会では1位。

著作『テクノロジー・ファースト-なぜ日本企業はAI、ブロックチェーン、IoTを牽引できないのか?』(2018年/朝日新聞出版)は業界内外の好評を得ている。

 

 

 

 

 

■基礎テキスト紹介

『テクノロジー・ファースト〜なぜ日本企業はAI、ブロックチェーン、IoTを牽引できないのか?』(発行:眞人堂、発売:朝日新聞出版)

 

目次

 

はじめに 〜われわれはどこから来たのか?

第1章 ゲーム盤の向こうにある戦争

−囲碁AI国際大会が突きつけるが覇権争いの行方

第2章 ビッグデータという資源の獲得を競う現在

−4回目の産業革命と、IT開発4度目の波

第3章 テクノロジーへの古い固定観念に囚われた日本

−第5世代コンピュータに始まる挫折の歴史

第4章 産業革命0の本番はこれからの50年にある

−分野を超えて共振するテクノロジー

第5章 ポスト・ディープラーニングを掘り当てろ!

−ブロックチェーンとIoT、AIの本質

第6章 テクノロジー・ファーストのIT企業だけが未来を見る

−IT企業の経営者が持つべき使命

おわりに 〜われわれはどこへ行くのか?

 

 

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